2008-06-14
アルバムをめくりながら・・・
食器棚の引き出しに何かが引っかかったので、これを機に少し整理することにしました。
あ・・・。
割り箸君でした。邪魔したヤツは・・・。
使わないのに、何か買うとついてくる割り箸。
捨てるのももったいないし、掃除にでも使おうかな〜という事で、どんどんこの引き出しにたまってたのです。
「も〜、松居棒でも作ろうかな〜」と思って割り箸をよけていたら、懐かしい品々が・・・。

いろいろなホテルのバーからかっぱらってきた「マドラー」でした。
「GRAND PACIFIC HOTEL BANGKOK」
ああ、これはイランからタイに赴任し、まだ家探しの最中に泊まっていたホテルです。
家が決まるまでの10日間。
ダンナは日中仕事だし、私は前任者の奥さんが相手をしてくれる以外の日は一人でした。
前任者も引越しの準備で忙しいので、私は一人で慣れない街を歩き回りました。
ホテルなので、掃除の人も来るし、テレビを見てもタイ語でワケわからないし・・・と
途方に暮れた事を思い出します。
そんな私を気遣ったダンナが夜にホテルのバーへ連れて行ってくれたのですね。
アルコール禁止の国から来たので、まいあがったのか。
まだ慣れない国なので、観光気分だったのか。
つい、勢いでそこのマドラーを失敬してきたわけです。
その後、このホテルは「ウェスティン・ホテル」になりました。
隣にボロいロビンソンデパートがありました。
BTSという、スカイトレイン駅「アソーク」の目の前でしたが、夜は白人・観光客目当てのオネエチャンが街角に立つ・・・という妖しげな街でした。昼間は普通なのですが、ね。
「異国に来たなぁ」という想いをしょっぱなから植えつけてくれた街でした。
「THE IMPERIAL HOTELS GROUP THAILAND」

タイのサムイ島という所に行ったときのものです。
小さな島で、海とでっかい仏像、滝、くらいしかなかったなぁ〜。
ホテルはリゾートっぽかったけど・・・。
お正月に行ったので、ホテルのガラディナーに呼ばれました。

さすが、タイ。ディナーのメインイベントは「ニューハーフショー」でした。
スゴイなぁ。日本じゃありえない。きっと・・・。
タイの懐の大きさを感じます。

そして、着て行ったのは、あの、極楽鳥服でした・・・。
「ザ・オリエンタルホテル バンコク」
バンコクの中心を流れるチャオプラヤ川のほとりにある、老舗ホテル。
約130年に及ぶ歴史を誇る。世界各国の要人やセレブリティーに愛され続ける、世界を代表する名門のホテル・・・らしい。

BTS「サパーンタクシン」駅から徒歩でも行ける距離ですが、ホテル専用の船でのんびり観光気分でも行けます。だったら・・・もうちょっと、マシな船着場を作ればいいのに・・・。

※これは違うホテルの船
オリエンタルホテルで有名なバーが「バンブー・バー」。
こじんまりとしたホテルでありながらも、歴史があるせいか、訪れる客はジャズ好きのお金持ちか観光客、外国人。
普通の主婦は滅多に行けない雰囲気のあるバーで、ダンナと同僚夫妻4人で行った事があります。
「何かリクエスト曲はありませんか?」と聞かれるけれど、そんなに気の利いた曲など浮かんでこない。「思い出のサンフランシスコ」とか「テネシーワルツ」などの定番曲を聞いたばかりで悪かったけど、一度行ってみたい!と頼んだ手前、何かリクエストしなければ・・・と焦って結局は映画「カサブランカ」の主題歌「As Time Goes By」などをリクエストしてしまった私。
(ふっ、いかにも不慣れな客がリクエストしそうな曲ね)
・・・とは言わないまでも、楽勝な曲だったと思う。
「こういう格式あるホテルのバーならチップに500バーツはいるんじゃない?」
「えっ?!」
(た、タダじゃないのか・・・!)
同行者にそう言われ、焦る私。そうだよね、ここ、チップ社会だもんね・・・。
思い入れたっぷりに歌ってくれる、白人の女性歌手。
時どき飛ばしてくるウインクに薄ら笑いしながらも、引きつる私。
「ど、どうやって渡したらいいんでしょうかね?」
「ん〜、やっぱり、素敵な曲だったわ!って言って握手しながら手にチップを握らすのがいいんじゃない?」
「ひぇぇぇぇぇ!」
「では、これから少し休憩に入ります」
まだ小娘だった(?)わたくしに、笑顔でチップを握らす技術なんか、ありゃしない。
「で、出ましょう!」
「は?」
そそくさとバーを後にした私たち。
ゴメンナサイ。歌手の方。
ゴメンナサイ。ニホンのみなさま。
恥だけチップで渡してきた私を許してぇぇぇ〜!
ホテルのバーの「マドラー」。
アルバムをめくらなくったって、想い出を引き戻す効果があるのですね・・・。
イタイ思い出も・・・。


ゴ〜メンナサイね ゴ〜メンナサイね♪
※コイツは栓抜きです
あ・・・。
割り箸君でした。邪魔したヤツは・・・。
使わないのに、何か買うとついてくる割り箸。
捨てるのももったいないし、掃除にでも使おうかな〜という事で、どんどんこの引き出しにたまってたのです。
「も〜、松居棒でも作ろうかな〜」と思って割り箸をよけていたら、懐かしい品々が・・・。

いろいろなホテルのバーからかっぱらってきた「マドラー」でした。
「GRAND PACIFIC HOTEL BANGKOK」
ああ、これはイランからタイに赴任し、まだ家探しの最中に泊まっていたホテルです。
家が決まるまでの10日間。
ダンナは日中仕事だし、私は前任者の奥さんが相手をしてくれる以外の日は一人でした。
前任者も引越しの準備で忙しいので、私は一人で慣れない街を歩き回りました。
ホテルなので、掃除の人も来るし、テレビを見てもタイ語でワケわからないし・・・と
途方に暮れた事を思い出します。
そんな私を気遣ったダンナが夜にホテルのバーへ連れて行ってくれたのですね。
アルコール禁止の国から来たので、まいあがったのか。
まだ慣れない国なので、観光気分だったのか。
つい、勢いでそこのマドラーを失敬してきたわけです。
その後、このホテルは「ウェスティン・ホテル」になりました。
隣にボロいロビンソンデパートがありました。
BTSという、スカイトレイン駅「アソーク」の目の前でしたが、夜は白人・観光客目当てのオネエチャンが街角に立つ・・・という妖しげな街でした。昼間は普通なのですが、ね。
「異国に来たなぁ」という想いをしょっぱなから植えつけてくれた街でした。
「THE IMPERIAL HOTELS GROUP THAILAND」

タイのサムイ島という所に行ったときのものです。
小さな島で、海とでっかい仏像、滝、くらいしかなかったなぁ〜。
ホテルはリゾートっぽかったけど・・・。
お正月に行ったので、ホテルのガラディナーに呼ばれました。

さすが、タイ。ディナーのメインイベントは「ニューハーフショー」でした。
スゴイなぁ。日本じゃありえない。きっと・・・。
タイの懐の大きさを感じます。

そして、着て行ったのは、あの、極楽鳥服でした・・・。
「ザ・オリエンタルホテル バンコク」
バンコクの中心を流れるチャオプラヤ川のほとりにある、老舗ホテル。
約130年に及ぶ歴史を誇る。世界各国の要人やセレブリティーに愛され続ける、世界を代表する名門のホテル・・・らしい。

BTS「サパーンタクシン」駅から徒歩でも行ける距離ですが、ホテル専用の船でのんびり観光気分でも行けます。だったら・・・もうちょっと、マシな船着場を作ればいいのに・・・。

※これは違うホテルの船
オリエンタルホテルで有名なバーが「バンブー・バー」。
こじんまりとしたホテルでありながらも、歴史があるせいか、訪れる客はジャズ好きのお金持ちか観光客、外国人。
普通の主婦は滅多に行けない雰囲気のあるバーで、ダンナと同僚夫妻4人で行った事があります。
「何かリクエスト曲はありませんか?」と聞かれるけれど、そんなに気の利いた曲など浮かんでこない。「思い出のサンフランシスコ」とか「テネシーワルツ」などの定番曲を聞いたばかりで悪かったけど、一度行ってみたい!と頼んだ手前、何かリクエストしなければ・・・と焦って結局は映画「カサブランカ」の主題歌「As Time Goes By」などをリクエストしてしまった私。
(ふっ、いかにも不慣れな客がリクエストしそうな曲ね)
・・・とは言わないまでも、楽勝な曲だったと思う。
「こういう格式あるホテルのバーならチップに500バーツはいるんじゃない?」
「えっ?!」
(た、タダじゃないのか・・・!)
同行者にそう言われ、焦る私。そうだよね、ここ、チップ社会だもんね・・・。
思い入れたっぷりに歌ってくれる、白人の女性歌手。
時どき飛ばしてくるウインクに薄ら笑いしながらも、引きつる私。
「ど、どうやって渡したらいいんでしょうかね?」
「ん〜、やっぱり、素敵な曲だったわ!って言って握手しながら手にチップを握らすのがいいんじゃない?」
「ひぇぇぇぇぇ!」
「では、これから少し休憩に入ります」
まだ小娘だった(?)わたくしに、笑顔でチップを握らす技術なんか、ありゃしない。
「で、出ましょう!」
「は?」
そそくさとバーを後にした私たち。
ゴメンナサイ。歌手の方。
ゴメンナサイ。ニホンのみなさま。
恥だけチップで渡してきた私を許してぇぇぇ〜!
ホテルのバーの「マドラー」。
アルバムをめくらなくったって、想い出を引き戻す効果があるのですね・・・。
イタイ思い出も・・・。

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ゴ〜メンナサイね ゴ〜メンナサイね♪
※コイツは栓抜きです
2008-03-08
駐在妻 海外で暮らすということ
「海外で暮らしています」
そう言うと、人々の反応はどうでしょう?
場所によっては、羨ましがられるでしょう。
または、アナタは恵まれている、と嫌味の一つでも言う人はいるでしょう。
だけど、本当に海外で暮らす事にリスクや不安はないのか?
確かに、島国の日本と違って、いろんな国へ行きやすいし、
食べ物やファッション、文化などの違いから得る知識や情報は、日本ではなかなか体験しにくい事かもしれません。
しかし、それだけでは生きていけない、海外での生活。
例えば、慣れ親しんだ日本食でも当然ながら、すべてが手に入るわけではありません。
コンビニで雑誌を買って、ペットボトルのお茶を飲んで、好きなお菓子を食べる・・・・というのも
なかなか難しい。
売っている服のサイズがない。合わない。
日本の書店がない。あっても日本の書籍はたいてい、日本で売っている価格の3倍近くします。
日本人学校はたいていは、義務教育まで。その後は、子供だけ日本へ帰国させるか、妻子だけ帰国して、ダンナは単身赴任。はたまた、アメリカンスクールに行かせるか、留学させるか。
場所によっては、日本人学校のない国もあります。
しかし、せっかく海外にいるんだから、住んでいる国の文化を受け入れ、日本での生活を持ち込むのはやめたら?・・・という考えの人もいます。
確かに、日本のモノを恋しいと思わなかったり、逆に、排除してしまう方もいます。
だけど、例えば、駐在員といいう立場で渡航した場合は、全く「日本」を無視する事はなかなかできないのです。
日本を離れても、海の外にも「日本人社会」はあります。
日本で社宅に住んでいなくて、まったく付き合いのなかった人でも「駐在員」という、企業を背負って行く場合は、どうしてもその「輪」の中に入らなければなりません。
(いえ、もちろん、強い意志を貫く方だっていらっしゃいます)
私は駐在員の妻なので(今は、日本在住ですが)、駐在員という、夫の立場とはまた違ってきます。
では、妻の役割は・・・と申しますと、
●企業の一員(その家族)としての立場をわきまえる
●同僚の家族同士の付き合い
●その企業に属している職員の婦人としての役割
●住んでいるマンションでの付き合い(日本人同士なら、たいてい決まったエリア内に住んでいて、同じマンションに日本人家庭が何家族かいる・・・という事が多い)
●子供の幼稚園、学校のママさん関係の集い
●習い事での付き合い
●日本人社会での付き合い(日本人会、という組織がたいていどこの国でもあります)
それ以外だと
●お手伝いさんや運転手さん、門番、庭師(一軒家などの場合)などとの関係
もちろん、お手伝いさんや運転手さんを雇える国というのは限りがあります。
しかし、もし、雇う場合は家の中に入ってもらうのですから、雇い主という立場もわきまえなくてはなりません。場合によっては、いろいろと教え込まないといけないこともあります(もちろん、相手から得る事も多々あります)
言葉や文化の違う場所で育った人たちとは、当然、考え方や食べるものも違ってきます。
それを理解した上で、いかに上手に付き合い、かつ、仕事をこなしてもらうか・・・。
言うまでもなく、雇い主ではあっても同じ人間です。
その国にいる間は、雇う側ですが、日本に帰れば普通の生活に戻るわけです。
たまに、たま〜に、舞い上がってしまい、無理難題を押し付ける人に遭遇しますが、
階級を割り切って考える、西洋人の使用人に対する待遇を知れば、まだ、日本人は良心的な人が多いと思います。フレンドリーな人も多いし・・・。
こんな本音を言えるのは、今、私が日本に住んでいて、しがらみのない状態にいるからです。
今回、コメントでも頂きましたが、決してハタから思う以上にいろいろとあるんだなぁ〜・・・という事デス。
※独身で留学している、外国人と結婚し日本人とかかわりのない・・・という立場の方々の意見はまた、違うと思います。
そう言うと、人々の反応はどうでしょう?
場所によっては、羨ましがられるでしょう。
または、アナタは恵まれている、と嫌味の一つでも言う人はいるでしょう。
だけど、本当に海外で暮らす事にリスクや不安はないのか?
確かに、島国の日本と違って、いろんな国へ行きやすいし、
食べ物やファッション、文化などの違いから得る知識や情報は、日本ではなかなか体験しにくい事かもしれません。
しかし、それだけでは生きていけない、海外での生活。
例えば、慣れ親しんだ日本食でも当然ながら、すべてが手に入るわけではありません。
コンビニで雑誌を買って、ペットボトルのお茶を飲んで、好きなお菓子を食べる・・・・というのも
なかなか難しい。
売っている服のサイズがない。合わない。
日本の書店がない。あっても日本の書籍はたいてい、日本で売っている価格の3倍近くします。
日本人学校はたいていは、義務教育まで。その後は、子供だけ日本へ帰国させるか、妻子だけ帰国して、ダンナは単身赴任。はたまた、アメリカンスクールに行かせるか、留学させるか。
場所によっては、日本人学校のない国もあります。
しかし、せっかく海外にいるんだから、住んでいる国の文化を受け入れ、日本での生活を持ち込むのはやめたら?・・・という考えの人もいます。
確かに、日本のモノを恋しいと思わなかったり、逆に、排除してしまう方もいます。
だけど、例えば、駐在員といいう立場で渡航した場合は、全く「日本」を無視する事はなかなかできないのです。
日本を離れても、海の外にも「日本人社会」はあります。
日本で社宅に住んでいなくて、まったく付き合いのなかった人でも「駐在員」という、企業を背負って行く場合は、どうしてもその「輪」の中に入らなければなりません。
(いえ、もちろん、強い意志を貫く方だっていらっしゃいます)
私は駐在員の妻なので(今は、日本在住ですが)、駐在員という、夫の立場とはまた違ってきます。
では、妻の役割は・・・と申しますと、
●企業の一員(その家族)としての立場をわきまえる
●同僚の家族同士の付き合い
●その企業に属している職員の婦人としての役割
●住んでいるマンションでの付き合い(日本人同士なら、たいてい決まったエリア内に住んでいて、同じマンションに日本人家庭が何家族かいる・・・という事が多い)
●子供の幼稚園、学校のママさん関係の集い
●習い事での付き合い
●日本人社会での付き合い(日本人会、という組織がたいていどこの国でもあります)
それ以外だと
●お手伝いさんや運転手さん、門番、庭師(一軒家などの場合)などとの関係
もちろん、お手伝いさんや運転手さんを雇える国というのは限りがあります。
しかし、もし、雇う場合は家の中に入ってもらうのですから、雇い主という立場もわきまえなくてはなりません。場合によっては、いろいろと教え込まないといけないこともあります(もちろん、相手から得る事も多々あります)
言葉や文化の違う場所で育った人たちとは、当然、考え方や食べるものも違ってきます。
それを理解した上で、いかに上手に付き合い、かつ、仕事をこなしてもらうか・・・。
言うまでもなく、雇い主ではあっても同じ人間です。
その国にいる間は、雇う側ですが、日本に帰れば普通の生活に戻るわけです。
たまに、たま〜に、舞い上がってしまい、無理難題を押し付ける人に遭遇しますが、
階級を割り切って考える、西洋人の使用人に対する待遇を知れば、まだ、日本人は良心的な人が多いと思います。フレンドリーな人も多いし・・・。
こんな本音を言えるのは、今、私が日本に住んでいて、しがらみのない状態にいるからです。
今回、コメントでも頂きましたが、決してハタから思う以上にいろいろとあるんだなぁ〜・・・という事デス。
※独身で留学している、外国人と結婚し日本人とかかわりのない・・・という立場の方々の意見はまた、違うと思います。
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