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2015-10-03

徒然なるままに・・・チクリとピリリ  ~「NHK チョイ住み フィレンツェ」~

皆さんはどんなテレビ番組を好んで見ていますか?

私は決まった番組を見る以外に、何か興味をそそられるネタはないかな?とテレビ欄を見ていますが・・・。



そんな「何か興味を惹かれるネタはないかな?」と思って見つけたのが、NHKの「チョイ住み」でした。


チョイ住み”は、その街に、まるで引っ越したような、全く新しい旅番組。
ガイドブックを眺めつつ、名所景勝を駆け巡るうちに、あっという間に1週間。帰国すればヘトヘトに…。
(番組HPより)



前回は、辻仁成さんと若手俳優の組み合わせで、場所は「ロンドン」でした。

今回は料理研究家の方と若手俳優。

年齢差、35歳・・・。


ちょい住み 



番組がきっかけで初めて会う2人が、勝手のわからない異国で一週間一緒に暮らす。




知り合いでもないってだけでハードルが高いし、自分の息子ほどの年齢差はあるし、なおかつ、場所は言葉の通じない異国・・・。
そんな相手と一週間も一緒に暮らせるだろうか?




前回の「ロンドン編」では、海外生活者で英語が話せる辻さんだったので、大人ならではの余裕な印象がありましたが・・・。


今回は2人ともイタリア語を話せない。



若い俳優の目標は「大人になること」。
海外旅行自体に慣れていなくて、ガイドブックを開き、積極的にイタリア語を話していました。
短い期間でありながらもお気に入りのカフェもでき、店の人とも顔なじみに・・・。

そこからは「なんでも吸収したい!」という、若いエネルギーを感じました。



一方、60歳近い料理研究家の方はイタリアは5回目の関西人。

異国に行っても、関西人のパワーでエネルギッシュに街を自分のペースで歩き回る。
市場でも自分の見たいものに突進していく。




若い俳優の方は、つたないイタリア語を話しながらも、現地の人との交流を楽しみ、刺激を受けている。
目にするもの、触れ合うもの、何でもが刺激的!



なのに、このオヤジはなぜ、イタリア語を話そうとしない?なぜ、ガイドブックや会話集を見てイタリア語を話し、現地の人と触れ合おうという努力をしない?なぜ、イタリア語になると自分に丸投げして任せようとするんだろう?なんで、いつもセカセカしているんだろう?なんで、どこに行っても自分のペースなんだろう?

・・・と、ちょっと不満。


そんな不満が数日のうちにムクムクと膨らみ、つい「ナゼ?」と尋ねてしまう・・・。



“アナタは年齢を重ねていろんなことを知っている。
だから、自分の目的に向かう最短の方法を見つけて、そこへ進もうとする。

でも、自分はまだ、何も知らなくて、その道を探っている最中・・・。

どうして、ガイドブックを読んだり会話集を開いてこの国の人や街に馴染もうとしないの?”



・・・と、心底「理解できない」という真剣な眼差しで問いかけるわけです。




なんだか、どっちの気持ちもわかる気がして、ちょっと心が痛くなってしまいました。


たった一週間でも最大限にいろんなことに触れたい!いろいろ吸収したい!もっと、成長したい!

・・・と、いうエネルギッシュさ。



もちろん、年齢を重ねた方だっていつまでも好奇心旺盛な人はたくさんいるけど・・・。





ある程度いろんな経験をするとつい「無難」な方法を選んで「やり過ごして」しまう。

なんか、そういう事ってあるなぁ・・・というか。


この国に、人に、向き合ってないわけでもない。それなりに楽しんでいるんだけど、“ど・ストレート”に「ナゼ?」と聞ける若さよ・・・。


その「がむしゃら感」が眩しい。



その料理人の方は、経験を積み、若い時には外国の在外公館(外国にある日本大使館)で料理人もしていた人。
今では大阪で有名な料理学校の講師をし、テレビでは料理番組に出て、たぶん、弟子とかスタッフを何人も抱えている人・・・。


今の自分が努力してないワケではない。
一生懸命、料理の道を歩んでいる。


でも・・・。


番組のカメラは部屋に設置されていて、一週間の二人の生活の様子を映し出しています。
若者から「ナゼ?」と突きつけられた料理人の方はその夜に一人泣いていました。


そこに、若者がやって来て「なぜ泣いているの?」と問うワケなんですが・・・。


たぶん、まだこの若者にはその料理人の気持ちはわからないんだろうな~と・・・。


年を重ねるということ、経験を積んでいくこと、徐々に肉体が衰えていくこと。

それは経験してみないとわからないと思う。

「な~んか、思えば遠くへ来たもんだ」みたいな、心境・・・・なのかな~

自分もがむしゃらに生きてきたつもりなんだけど・・・。



幾つになっても、私は好奇心旺盛!っていう人は理解できないかな?



でも・・・。

う~ん。「チョイ住み」としばらく住むことや、ずっと住み続けることはちょっとやっぱり違うんだよな~と思います。
気持ちの持ちようとか・・・?

早くこの場所に馴染まなきゃ、という焦りはあるけど「生活していく」という芯があるというか。


私は結婚してすぐにイランに行ったけど、ペルシャ語はまったくダメでした。

だから「ペルシャ語会話集」と「地球の歩き方」だけ持って行って(それしか当時は情報がなかった)、買い物リストはペルシャ語辞典を開いて見様見真似で書き、時にはイラストまで描いていました。


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雇っていた運転手さんはイラン人だったけど、お互い同じレベルくらいの英語力だったので片言の英語と片言のペルシャ語で乗り切りました。

ペルシャ語は習ってみたけど、アルファベットと違って「ミミズがヨガ」をしているような文字。
アラビア語ならもう少し簡略化された感じなんだけど(中国の漢字と日本の漢字みたいな)。



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右がペルシャ語



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アラビア語(イラン人女性は頭にスカーフをかぶってます。これはアラビア人の歌手)



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イランやアラブで使われる数字
(これは、イランのカレンダー)

ちなみに、この時は2002年。イランでは1380年です(ナゼなのかは聞かないで~)





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電話料金の伝票
す、数字しかわからん・・・



ペルシャ語の文字を習うのは早々に諦め、会話だけ少し習ったくらい(安くしてとか。500gください・・とか)。



その後のタイは日本人だけでなく、外国人も多く住んでいたし、お手伝いさんがタイ人だったけど日本語を話せたので、やっぱり値切り言葉とか挨拶程度の言葉しか習わなかった・・・。
レストランとかスーパーでは英語が通じるし。


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これは・・・。最初から文字は習わなかったな~


でも、駐在員の奥さんたちの中でもペルシャ語やタイ語を真剣に習っている人もいました。

どこの家庭でも、駐在員は現地の運転手とお手伝いさんを(たいていは)雇っているので、現地の言葉を話す必要があったのです(たまに、フィリピン人とか英語を話せる人を雇っている人もいたけど)。


私はお手伝いさんが日本語を話せるのを良いことに、片言のタイ語と日本語で4年も過ごしてしまった・・・。
たいていの人は「4年も住んでいたらタイ語はペラペラでしょ?」って思うんでしょうけどね・・・


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でも、日本語が通じたからこそもっと密に付き合えたというのもあるしなぁ・・・
料理を習ったり、一緒に買い物や寺院に行ったり、おしゃべりしたり(最後は涙で抱き合ってお別れ)



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友達ともあちこち歩き回ったなぁ

中華街やインド人街に行って布を買って服を仕立てて貰ったり・・・


今にして思えば「せっかく住んでいたのに、もったいない」と思う事もあるけど、でも、その時、その時で後悔なく動き回っていたつもり。

今だって、心の赴くままに行動できているとは思う。友達もいるし、別に外国でまた暮らしたいとは思わない。



だけど、なんでだろうなぁ~


この若手俳優の言葉がちょっと染みました・・・。



なんだか、長々としみじみとグダグダとすみません



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theme : 暮らし・生活
genre : ライフ

プロフィール

Radha Doona

Author:Radha Doona
2001年から旦那の仕事でイラン(テヘラン)へ赴任。その後、タイ(バンコク)へ異動になり、4年3ヵ月を過ごす。
2006年・8月、帰国。
趣味は音楽鑑賞(ワールドミュージック・クラシック・J-popなど)・読書・旅行・アクセサリー制作(アジアン・エスニック系)

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