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2017-07-18

江戸の人に学びたい、モノとの付き合い方

ブロ友のもりんさんの記事で、こんな内容があって「ほほぅ」と頷いてしまいました。



「江戸時代の庶民の暮らしのモノが残っていないから
暮らしぶりの検証が難しいようです。

理由は少ないモノで暮らしたうえに、すべて最後まで使い切るから
残ってないのだそうです。
着物もしかり」






お気に入りの服も、最後の最後まで着たおして、最終的には雑巾に・・・みたいな、スッキリと手放せるといいなぁ・・・。





そこで、ちょっと興味が出て調べてみました「江戸時代の庶民の暮らし」。


江戸時代の町民の生活は、長屋の一間(と、台所の土間)に家族数人で暮らし、机はちゃぶ台1つ。

食事も勉強も団欒も寝るのも、同じ空間で過ごしていた時代。




そんな空間で、少ないモノだけで暮らせたのはなぜか?




当時は「損料屋(そんりょうや)」と言う、いわばレンタルショップがあり、布団や衣類、鍋やかまなどなんでもレンタルできたそうです。



住まいも賃貸であったことから、引越しの際の荷物は着物とわずかの小物ぐらい。


そして、着物や履物、桶などの生活道具は壊れれば修理をしてまた使うという、徹底したミニマルライフが江戸の町にはあったそうです。



18世紀初頭には人口100万人を超えていたとも言われる江戸。歌川広重の『名所江戸百景・春の部』には、江戸のメインストリートとも言える日本橋界隈が描かれていますが、大勢の人が行き交う広い通りにはゴミ一つなかったそうです。




江戸の人々の当時の暮らしぶりとしては「修理・再生・回収し、モノを大切に使いまわし、最後まで使い尽くす」という考えがあり、それに伴い、さまざまな「仕事」も生まれていました。


●欠けたり割れたりした瀬戸物を「焼き接ぎ(やきつぎ)」する職人

●古い鍋や釜など、鋳物製品の修理・修繕を行うのは「鋳掛屋(いかけや)」

●すり減った下駄の歯の部分だけを新しいものに差し替えてくれる「下駄の歯入れ」

●破れた提灯の紙を張り替える「提灯の張り替え」

●桶や樽の箍(たが)を締め直す「箍屋(たがや)」

●キセルの竹管部分(=羅宇:らお)に詰まったヤニを掃除したりパーツの交換をする「羅宇屋(らおや)」

●切れ味の悪くなった刃物を研ぐ「研ぎ屋」

●壊れた錠前を修理する「錠前直し」

●算盤(そろばん)の修理や交換を行う「算盤直し」

・・・などなど、あらゆるものを修理してくれる職人が江戸の町にあふれていたそうです。




また、現代ならゴミとして捨てられてしまうようなものを回収し、ひと手間加えて再利用するのも、江戸の人々の得意技だったそうです。




●「紙くず買い」や「紙くず拾い」など現在の「チリ紙交換」のような職業。回収された古紙は汚れ具合によって選別され、漉き返され再生紙に・・・


●古くなった傘を下取りして紙を張り替え骨を削り直して新品同然に再生する「古傘買い」


●蝋燭を燃やした時に溶けた蝋を買い集めて新しい蝋燭に再生する「蝋燭(ろうそく)の流れ買い」


●古くなったシュロの箒を解いて縄やタワシに再生する「箒(ほうき)買い」


●不要になった献上品や贈答品を引き取り包装しなおすなどして再生する武家向けのリサイクル業者「献残屋(けんざんや)」


・・・などなど。

また、江戸の町並みと人々の健康を保つ上で大きく貢献したのが、「下肥(しもごえ)買い(汚穢屋:おわいや)」。



江戸時代の人々は、あらゆるモノを知恵を絞って大切に使い、人間の排泄物さえも肥料として土に戻し、限られた資源を使い尽くしていました。




今で言う、「Reduce(ゴミ削減)、Reuse(再利用)、Recycle(再資源化)」の「3R」が、すでに江戸時代に実践されていたということですね~





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捨てられない「オサレ紙袋」・・・。

紙質もいいし、何より「たかが紙袋」ではない、素晴らしいデザイン性




もりんさんのお話で「紙袋をため込んでいる婆さま」のエピソードがありました。

その方は、大中小とキレイにまとめていたとか。

しかし、大量に・・・。


私の場合は、デザインにこだわりのない紙袋は普段、新聞回収の時に新聞を詰めてガムテープで封をして回収に出しています。

なので、そういう「回収袋向きの紙袋」は、いつも不足状態(紙袋を入れて貰うような店に行かないし、普段はエコバックも持っている)。


でも、たま~に手元に巡ってくる、こういう「紙袋さま」は捨てられず、かと言って使うわけでもなく・・・。


江戸のミニマリストに笑われるわ~



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でも、んもう、割り切ってデザインを楽しむ「ポスター」にしちゃうかな。

100均のフレームにでも入れれば、アジアン風なインテリアにも合うし・・・




でも・・・。

こんな本を読むと考えちゃうな~



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森鴎外の娘でお嬢様だった森茉莉。



裕福な家庭に育ち、結婚後は夫のフランス留学について行きパリで生活(のちに2度結婚・離婚)。
一流品に囲まれて育った人ならではの審美眼で、なんにおいても自分の譲れないこだわりがありました。

家事は何もできないけど、料理だけは得意で、エッセイの中に出て来る料理もセンスがあって美味しそう・・・。


茉莉は、愛する父なきあと一人で暮らしたアパートでお金に困っても、食べるモノや身に着けるもののこわだりを捨てない。

リプトン紅茶やマリービスケット、パセリを刻んだオムレツ、舶来菓子・・・。



~貧乏サヴァラン「タオルの話」より編集~

自分の大好きなカルフォルニアの橙の果汁の濃縮したような色やミルク入り薔薇色のタオル、薄緑の西洋蘭の花のタオルに卵の黄身の色のタオルをベッドの背に調和のいい順に並べて掛けてある。


そんなある日、目が覚めるとものすごい朝焼けで硝子戸の向うの空は橙色を含んで紅く、灼けるような陽の色を一面に流して、柿の木の枝と葉を切り抜き絵のように黒く浮かび上がらせている。


その紅い、明るい光が私のベッドに掛けてあるタオルたちの上に流れ込んでいて「なんという幸福な朝だろう!」と感動する。


「ああ、恋がなくても人生は薔薇色になりうる」のだ。

私は恋をしていなくても、恋をしている人のような楽しさを持っている!それって、素晴らしいことよね。


・・・と、乙女のようにときめいているのである。



ゴミ溜めのアパート「わたしのお城」で・・・。


幾つになってもこだわりがあって、ワクワクしてときめくことができるのはスゴイけど、彼女の部屋は、積んでいた紙が土になるほど長い間掃除されず、古物にまみれ、散らかっていたそうです。



そんな部屋に孤高に貧しく住むかつてのお嬢様の老人作家は素性を知らない人からは「自称作家」と思われていました(いろんな賞を受賞しているけど)


晩年・1987年、通いの家政婦さんが彼女が自室で倒れているのを発見。電話に右手を伸ばした姿で、すでに心不全により死去していた。85歳没。死後2日が経過しており、いわゆる孤独死でした。

森茉莉 ウィキペディア



う~ん・・・。

「こだわり」があって、素敵なもの、美しいもの、楽しいもので心を潤せるのはいいけど、いつかその「モノ」たちに囲まれて身動きできなくなるんじゃ・・・


年齢を重ねたら「モノを処分する」判断力も、行動力も鈍る気がします。






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断捨離をして、モノのないミニマリストのような暮らしはできないけど「モノのある暮らし」の限度もあるなぁ




大好きなモノもあとは、跡形も残らず使って自分も消えていく・・・


江戸の人たちを見習って、使わないモノ、飽きたモノ、「今」の自分や「未来」の自分には合わないモノなど、リサイクルショップやフリマで売って「欲しい人」へ譲るのもアリなのかな


欲望のまま「集めて」しまって、うまく排出できないと循環できないで溜まる一方・・・。


少しづつ、生活の贅肉を落とし、必要な「筋肉」を残していく・・・。


そんなふうに徐々に変えていければいいいなぁって、ちょっと反省
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theme : 生き方
genre : ライフ

プロフィール

Radha Doona

Author:Radha Doona
2001年から旦那の仕事でイラン(テヘラン)へ赴任。その後、タイ(バンコク)へ異動になり、4年3ヵ月を過ごす。
2006年・8月、帰国。
趣味は音楽鑑賞(ワールドミュージック・クラシック・J-popなど)・読書・旅行・アクセサリー制作(アジアン・エスニック系)

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